私の最初の電話

音ゲ等長文語りしていこう

映画『君のクイズ』の中で面白いと思った部分の話

 先日、映画『君のクイズ』を観ました。私は小説版の方を既に読んでおり、映画化したということで観にいった形になります。今回は映画の感想……ではなく、映画の中で「お、これいいな」と思った部分の話をします。映画版と小説版の両方のネタバレ注意です。ここから15行分下にいったところから始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その前に、映画の全体的な感想についてちょっとだけ話します。簡単に言うと、小説の方が好みかなと思いました。謎を解明するための特番という存在がちょっと不自然かなというのと、本庄は功名心からクイズをやっていてほしい(願望)というのと、桐崎と別れた時の三島が口下手感出ちゃってるかな(小説の「どうしてこうなったんだろう……」感が好き)というのが私の気になったポイントたちです。そんな中でもここは面白いと思ったところがあって、それが今回の主題です。

 小説版と映画版ではQ-1グランプリ決勝の問題セットにも若干の相違があり、特に答えが『UNDERTALE』になる問題が全く異なります。小説版では『UNDERTALE』の問題は、桐崎が遊んでいたというだけで特に強いエピソードが語られるわけではなく、決勝戦の途中の問題として現れます。ところが映画版では、三島と桐崎は一緒に『UNDERTALE』を遊んでおり、流産のエピソードと『UNDERTALE』のあるルートの話が重なって、三島が過去のクイズ大会で『UNDERTALE』を回答した際には泣いてしまった過去がある、という内容が描写されました。そして坂田は、三島が『UNDERTALE』に強い思い入れがあることを利用し、「ママ.クリーニング小野寺よ」の次の問題(「クリーニング小野寺」で決まらなかったときのための予備?)として控えさせていたのでした

 私は、この改変は面白いと思いました。正味、これがあってもなくても物語には影響しないのですが、ちょっと細かい話です。小説版と映画版は共に、16問目に本庄が正解し、三島は6○1×、本庄が7○2×の状態で決着していました。両者2×になる可能性があったことを考えると(絶対にスルーにはならないような問題を選んでいるとして)、もう1問用意されていたと考えるのが普通ですが、小説版ではここには立ち入らず、16問目のことが「最終問題」として語られます。映画版で問題のセットがどうなっていたか覚えていないのですが(少なくとも、UNDERTALEが末尾に移り、三島が「ひまわり」で誤答した問題が途中に入っていたはず……)、小説版と同様と考えれば、こちらも17問目が用意されていたはずです。映画版では、その幻の17問目として『UNDERTALE』の問題が用意されていた、というのがエンドロールの中で明かされます。坂田は、最終問題に使えそうな題材を、本庄側から1個、そして三島側からも1個見出し、Q-1グランプリ決勝問題セットの末尾2問にそれらを仕込んでいたということになります。確かに、こちらのほうが丁寧な感じがします。また、小説版では『UNDERTALE』の問題は「モンスターたちの住む……」と始まるのですが、これがそのまま最終問題近くにあったのでは、「『ビューティフル、……」と始まる問題と、読み上げ開始時の口の形が似通ってしまい0文字押しのトリックが成り立たなくなってしまいます。そこで映画版では『UNDERTALE』の問題を「『誰も死ななくていいやさしいRPG』……」と始めることで0文字押しのトリックを成り立たせるとともに、「誰も死ななくていい」とは言うがルートによってはキャラが死ぬという『UNDERTALE』の特徴(映画内で三島と桐崎がUNDERTALEを遊んでいるときのゲーム画面で、キャラが死ぬシーンが映っていたと思います)が、流産やその後の関係解消のエピソードをさらに強調するという追加の効果さえも生んでいます。これは丁寧な仕事だと感心しました。

 先日、映画『君のクイズ』を批判する記事を見かけ、読んでみました。概ね同意だなと思ったのですが、その記事では『UNDERTALE』の問題のところも批判されており、ちょっと解釈違いだったので、こうして私自身の手でも記事を書いてみました。序盤に批判ばっかり書いてしまいましたが、映画版は駄作だとかそんなことはなく、映画ならではの表現や演技で新たに感じ入ることも多々ありました。小説を読んでないよ、映画を観てないよという方には、どちらも是非おすすめしたい作品です。

 あと小説版の方で、17問目、つまり7○3×でスルー問題無しのときの最大問題数17問の最後の問題の話ってどこかにありましたっけ?私が読み飛ばしているだけでしょうか?

ガキの頃の私とごちうさ

 2026年5月30日(土)、6年ぶりのごちうさDJイベントであるご注文はDJ Nightですか? iN SHiBUYAが開催されました。私も参加し、めちゃくちゃ楽しませていただきました。私は6年前のDJ Nightにも参加しており、次はいつかと6年間、待ちに待っていました。そして今年3月に発表、先日開催で私も念願叶って喜びもひとしおです。6年前から曲も増えていたり、私が6年前のイベントの時点でちゃんと把握していなかった何割かの曲を新たに履修していたり、今回のイベントでもあの曲やあの場面が最高でどうのこうの……というあれこれはありつつ、今回書きたいのはそれではありません。

 これだけ心揺さぶられる(表現合ってる?)イベントを経験すると、どうしてもこれまでのごちうさ関連遍歴を思い出して感傷に浸ってしまいます。それによって現に私は今、こうして記事を書いてしまっています。今回は、私にとっての『ご注文はうさぎですか?』の思い出語りをします。ごちうさの美しさとは打って変わっての自分語り、失礼。

 実は私が「ごちうさ」の名前を初めて聞いたのは、ごちうさと全く関係ない変な場所でした。それは、ニコニコ動画で「やんばる」さんという方が投稿された動画「【minecraft】 PC初心者のマインクラフト 38 【ゆっくり実況】」です。

【minecraft】 PC初心者のマインクラフト 38 【ゆっくり実況】 - ニコニコ動画

当時中学生の私は、ボカロやゲーム実況を取っ掛かりにしてニコニコ動画を見るようになっていました。やんばるさんも、当時見ていた動画投稿者の一人です。やんばるさんのマインクラフトゆっくり実況は、マインクラフトをやってこそいるものの、ゆっくり同士のコントや当時ネットで話題になっていた物事など大量のネタ要素で埋め尽くされているのが特徴です。おそらく私含めて熱狂的なファンが多く、最新の動画から11年経った今でも新着が待ち望まれている人だろうと思います。

 そうしてごちうさというものを初めて聞いた私に対し、それにハマるのを後押ししたのが、当時の友人でした。彼は実家が太いためか大量の漫画を保有しており、また彼と私の間でやんばるさんの動画のことは共通の話題であったため、私にごちうさを紹介してくれました。これが「始まり」と言えるでしょう。どのような過程を経てハマっていったのかはよく覚えていないのですが、気づいたら2015年の上半期頃には原作を買い(最初はその友人から借りていたのだろうと思います)、曲もいくつかを3DSのレコチョクで買っていました。3DSのレコチョク懐かしい~~!ガキ過ぎ!!!私がごちうさを知った頃にはアニメの1期は終了しており、また当時の私にはアニメを観れる機会もほとんど無かったのですが、たまにあったニコニコの期間限定公開のときに集中的に観ていました。なぜ音楽にまで手を出したのかも覚えていません。もしかすると友人の差し金があったのかもしれません。

 やはり、その頃から聞いている音楽は、思い入れとともに懐かしさもあります。リリースされていた曲をすべて聴いていたわけではないのですが、たとえば「一匙のお姫様物語」、「全天候型いらっしゃいませ」、「Eを探す日常」あたりは聴いていたと記憶しています。それらは2015年(もしかすると2014年)から聴いていることになりますし、それから11年ほど経って2026年のDJイベントで全身に浴びていたとなると、そりゃ人生の一部だわなと思います。こうしてハマってしまえばあとはズルズルと原作・アニメ・音楽を摂取し続ける生物になるだけということで、細かいことは各論に委ねたいのですが。各論の一つとしてエピソードトークをさせてください。

 アニメ2期が放送された頃、円盤をコンプリートするほどの立場?身分?財力ではなかった私ですが、2015年12月25日発売のBlu-ray第1巻だけ購入しました。2期1巻には、特典として「にっこりカフェの魔法使い」のCDが付属していました。それから時は流れて2020年放送のアニメ3期、1羽タイトルが「にっこりカフェの魔法使い」、11羽タイトルが「にっこりカフェと七色の魔法使い」と。これらは、まず2期1巻特典CDのキャラソンである「にっこりカフェの魔法使い」のそのタイトルが、原作6巻掲載の2年目のクリスマス会のお話にてサブタイトルとして新たに意味付けされ、アニメ3期にその話が使われるにあたってまず1羽にサブタイトルをそのまま配置しつつクリスマス会の話自体は11羽に回し、11羽サブタイトルには「七色の」が加わることで一回り大きく意味付けされた……といったことは各論に委ねることにします。とにかく、私個人的な思い入れとして、「にっこりカフェの魔法使い」は「あのときの円盤の特典の!」というのがありました。私の青春時代の思い出のひとかけらが数年越しに蘇って、この点においてはアニメ3期放送のときに他人より興奮したという話がしたかっただけです。

 もうちょっと総括的な話もしたいなあと思うのですが、私の中にある各論はきれいにまとまっていません。本記事に各論をさらに乗っけようとすると窮屈になってしまうと感じたため、今回は自分語り回としました。制作中の長編劇場版に期待して!それではまた!

高校数学の怖い部分の話

 これまで、記事タイトルは「○年○月○日の日記」というものにしていましたが、記事の投稿日は見りゃわかるので普通に考えてそんなタイトルにする必要はない気がします。そういうタイトルがなんとなく「良い」という向きもあるのかもしれませんが、今の私はそういう気分じゃないので今回の記事のタイトルはこんな感じになっています。

高校数学の怖さ

 何年か前、高校生から数学についての質問を受けたことがあります。次のような問題についてでした。

「円(x-2)^2+(y-3)^2=9と直線x+y=5の共有点を全て求めよ。」

問題は具体的な数までそのままというわけではありませんが、円と直線の共有点を求める基本的な問題だったことは確かです。解法は大したことありません。x+y=5を変形してy=-x+5として円の式に代入。(x-2)^2+(-x+5-3)^2=9、変形して2x^2-8x-1=0。2次方程式を解いてx=(4±3√2)/2。xの値が出たので直線の式に代入してy=(6∓3√2)/2。これで答えは((4+3√2)/2, (6-3√2)/2), ((4-3√2)/2, (6+3√2)/2)となります。円の中心から直線上の点に向かうベクトルを考えて、その長さが3になるようにするといった方法もあるのでしょうか。流石にそれは面倒かもしれません。

質問は次のようなものでした。

「xの値が出た後、円の式ではなく直線の式に代入するのはなぜですか?」

円の式にxの値を代入してしまうと1つのxの値につきyの値は2つ出てしまいます。私は、次のようなことを言ったと記憶しています。

「図を描いてみると、共有点は2個とわかります。円の式に代入してしまうと「ここ」と「ここ」(図を指しながら言う)の間違った点が出てしまいます。」

すると次のような疑問を返してくれました。

「なぜ図を描くという発想になるのでしょうか?」

当然、図を使わずとも「間違った2点」が直線の式を満たさないことを確かめることはできます。xの値を直線の式に代入して得られる2点が円の式も満たすことも確認できます。

 今になって思うのは、ここで問題なのは、その高校生にはそのような十分性の確認をした経験がなかったこと、というかそれまでの授業でそのあたりがちゃんと扱われてこなかったことにあるのだろうということです。中学校でも連立方程式を習いますが、そこで扱うのは連立1次方程式であり、しかも解がちょうど1個であるようなものに限られます。式変形により1個の解を求めればそれで文字通り十分であり、式変形が同値かを確認する必要はありませんでした。すなわちここでポイントとなっているのが、「同値な変形」という概念です。先の疑問に対して、当時の私はきっぱりと返答できませんでしたが、この同値な変形の話を少ししたと記憶しています。高校数学を振り返ってみると、この同値な変形の概念はかなり雑に扱われていたように思います。

 有名問題で、次のようなものがあります。

「実数x,yがx^2+y^2=1を満たすよう動くとき、点(x+y,xy)の動く点を図示せよ。」

u=x+y、v=xyとでもおくと、x^2+y^2=1を変形して(x+y)^2-2xy=1、u^2-2v=1、v=(1/2)u^2-1/2となりますが、放物線y=(1/2)x^2-1/2の全体を描いてしまうと不正解です。a,bが実数ならば当然a+b,abは(実数として)存在しますが、実数c,dに対してa+b=cかつab=dを満たす実数a,bが存在するとは限らないのです。u=x+y、v=xyをx、yについての連立方程式と見て解けば、x=u/2±(1/2)*√(u^2-4v)、yはその右辺の±を逆にしたものとなります。これらx,yはu^2-4v≧0、すなわちv≧(1/4)u^2でないと実数にならないため、答えるべき範囲にはこの条件が課されることになります。まとめると、①「実数x,yがx^2+y^2=1を満たす」ならば「u=x+y,v=xyとおくと(当然u,vはともに実数であるとともに、)v=(1/2)u^2-1/2かつv≧(1/4)u^2」である。また、②「実数u,vがv=(1/2)u^2-1/2かつv≧(1/4)u^2を満たす」ならば「u=x+y,v=xyなる実数x,yが存在し、x^2+y^2=1」である。これら①、②がともに真です。試験の場で解答を書くならこの①、②をちゃんと説明してあげればいいでしょう。なお、テクニカルですが受験生は知っておくべきと言われている解法として、zについての2次方程式z^2-uz+v=0の2個の解α,βがともに実数であることと同値な条件としてu^2-4v≧0を導く方法もあります。

 こういうひっかけ問題みたいな問題にぶつかる前から、それこそ円と直線の交点の問題の頃から、もうちょっと同値性に慣れ親しんでおくのが良いのかなとも思います。しかしながら、高校の教育だとそういった雰囲気は薄かったように思います。高校生に限らず、みんなでじゃんじゃん⇒と⇐をそれぞれ示していきたいですね。

2025年6月14日の日記

 ただでさえ更新されないこのブログ。音ゲーの記事など長らく書いておらず、この人はすっかり音ゲーをやらなくなってしまったのかと思いきや、太鼓の達人はまあまあやっています。段位道場2024では初めて名人を獲ることができました。まあ正直易化してくれたおかげです。また、2024と2025は初日十段もやりました。

 そんなこんなで今日も今日とてベッドに寝っ転がりながらYouTubeを見ていると、十段の「解説動画」みたいなものが散見されます。これまでこういうのは見てこなかったのですが、試しに1つ見てみると、こんなこと意識するんだとか、一方でここには言及しないんだとか、まあ自分と感覚の違うこと。やっぱりこういうのはあくまでアイデアの種として見るみたいな、格好良く言えば「武器庫」、ダサく言えば「ワザップ」というところかと思います。畢竟、己がその目で見て、その耳で聞いて、その手で叩いて得た感覚こそが信じられるものであると、そういう訳でございます。

 というわけで、今回は2024名人と2025十段について、私が気になったり印象に残ったりしたところを書いてみようと思います。あなたはこれを参考にする必要が全くありません。むしろ読まない方がいいかも。

 あ、CHUNITHMはもう全然やってません。申し訳ない。

 

2024名人

 いかんせん受かったのが7か月くらい前なので、YouTubeで動画を見ながら思い出し思い出し書いていきます。

郢曲/暁闇

 かなり技術ですね。運手を暗記し、回数こなしてリズムを体に染み込ませます。24分の3打や5打なんかは要注意です。

・37-38小節目(譜面とかWikiの譜面画像をお手元にご用意ください)

dkkkdkkk(16分)d d d (12分)kkddkk(16分)k K

の12分d d dは順 逆 逆で叩くことで前後の16分をどちらも順手始動としました。

・44小節目の最後

dddkkk(24分)k d (16分)

この最後のdはもう本当に感覚の世界です。感覚を研ぎ澄ませ。

・62-65小節目の複合、大音符、複合、大音符、の地帯はなぜか可が出やすかった記憶があります。リズムを体によく染み込ませます。

・74小節目最後の複合、順手始動だと24分のkkkkdddが逆手始動になりますが、しゃーなしそれでいきました。頭ごっちゃにならないよう注意。

メカデス。(裏)

 物量?でしょうか?HSが変わるところや大音符はよく画面を見て精度を取ります。最初の1-8小節目、縁が多い36-43小節目、最後の71-80小節目は運手を把握しておきます。47小節目最後のkk dはkkkdとアレンジします。以上です。正直、他には「頑張って可を出さないようにする」くらいしかありませんでした。

Irregular Clock(裏)

 全体的に速いです。

・序盤の24分2打は、これまた感覚の世界です。練習&目押しで頑張りますが、完璧にはならないでしょう。玄人1曲目月読命の最初や2023玄人3曲目GORI×GORI×SafaRI(裏)の最初みたいなものです。

・65-68小節目。こういうところを休憩と呼ぶ人も多そうですが、HSが変わると私にとっては油断ならない地帯です。丁寧にやります。

・71小節目。ddddd k kdd ddddd k kddの2つのk kddを逆 逆順逆とすることで、左右交代による頭ごっちゃリスクを減らします。私はどうもk kddの交互が苦手のようです。また、ここの運手選択には私の少し変わった体質も関わっています。私は基本、左を順手としているのですが、縁で始まる連打は右始動の方がやりやすい場合もあるという体質をしています(ちなみに単音は右です)。kddは左始動と右始動で個人的やりやすさにあまり差が無く、今回の運手選択を導きました。この体質のため、私はいつも結構めちゃくちゃな運手をしていると思います。

・99-106小節目。8分が続きますが、運手と頭ごっちゃに注意。頭ごっちゃリスクは中程度といったところ。

・107-108小節目。この12分、運手は単純ですが頭ごっちゃリスクが高いので要注意。

・110-114小節目。110小節目の後ろのdkk(8分)から始まる地帯は、順手から始め、113小節目初めのdd(8分)だけ逆逆とすることでそれ以降の12分と16分も順手始動できます。これは自分でも上手いことやったと思います。

その他はもう普通にやります。

 名人の3曲を通してロール処理は1度も使いませんでした。イレクロ130小節目の16分面17連打もシングルです。これは、私にロール処理技術が無いからです。勇者(ポップスではない)やノスフェラとは違いオールシングルで大丈夫な譜面だったからこそ獲れた名人でした。

 

2025十段

 事前の天狗囃子の練習以外は1日で獲った段位なので印象も何もといったところですが。

天狗囃子

 まさかの可20未満でこいつぁ~やったかと思いましたが何とかなりました。全体的に練習してリズムを体に染み込ませ、よく画面を見るというなんの衒いもない真っ当な人生を歩むことです。

・開幕dd。可出てもしゃーなし。

・4-5小節目。練習して16分の速さを覚えます。

・41小節目、51小節目の12分も、練習すると意外と何とかなります。

・53-54小節目。ここ結構可出るんですけど、やっぱ偶数連打はアレンジした方がよかった感じすかね?

・61-62小節目の24分はとりあえず速めに叩けば何とかなりますが、最後に16分配置してくるのは結構やってます。

Spectral Rider

 速いですがこの程度の密度ならまあ大丈夫です。練習し始めは遅可がかなり出て、気持ちタイミング早めだなとなったのですが、環境的に曲が聞こえづらくてほとんどコーラスしか聞こえなかったのが関係しているのでしょうか。

・開幕4分。丁寧にやらないと普通に可出ますよねここ。

・73小節目からHSが遅くなります。気を付けて。

・94-95小節目、102-103小節目に出てくる12分。練習するしかない。16分の鋭さと比べるとだいぶゆるやか。ただまあ可の許容24(25未満)は結構あるのでここで可が出ても大丈夫。

曲の大部分を構成する8分と16分の地帯は、自分で言うのもなんですがシングルがあるので問題ありませんでした。

SoulStone -闇喰イサァカス団-

 神曲です。BPM300の16分は出てきませんでした。今回の十段はそういうのではないということで。また、何度か登場する長めの24分について、私はこういう長めの24分が来ると途中で腕が止まってしまいそうになりがちで、そういうときは力(りき)を入れてウオーーーという気持ちで叩く(少し強くなってしまいはするが、わざと強打するということではない)と通せます。

・4小節目終わりから始まる複合。弱起の要領で12分kkkがはみ出しているので、逆手始動にして5小節目以降を順手で叩けるようにします。12分→24分→16分と連続するので可が出やすいポイントでもあります。

・26小節目から始まる、この譜面を代表するような長い複合。途中にdkkddkkdが混じっているがまあ大丈夫。最後の24分kkkdddddddは逆手で終わることに注意。

・54小節目。dkkkkkkkddddの太字で示した面は順手であることに注意。

・57-62小節目。単純だが、丁寧にやらないと可が出てしまう。

・65-66小節目。急に難関で、気合で精度を出す。

・86小節目。この24分はいやらしいが、頑張ってやる。「ここからは君の舞台」

・90小節目のラスト。この24分もいやらしいですね~

 

いかがでしたか?参考になったという方は……まあ本記事は参考になるとかそういうものではありません。どこがポイントかというのは人それぞれでしょうし、そもそも感想を書き連ねているようなものなので。今年も名人を目指します。

2025年1月29日の日記

はじめに

 ついに2024年を丸々スキップするほど放置してしまったこのブログ。じゃあいつ更新するのかといえば、何でもない平日なわけです。まさに更新の数十分前の今、この文章を書いているわけですが、何か重大なことがあったとかそんなことは一切ありません。今まさに私の脳内のシナプスがこのブログを更新しようと結論付けました。書く内容すら決まっていないのですが、まあせっかくなのでいい感じの話をしましょう。それはもちろん……

ご注文はうさぎですか?』2024年12月号分について

 この先、『ご注文はうさぎですか?』に関するネタバレを含みますので、ご注意ください。15行スペースを空けます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういう「ネタバレ注意」のような文言をつけざるを得ないくらい怒涛の展開を見せるごちうさですが、2024年12月号(2024年10月発売)の話は特に衝撃的でした。これを読んでいるあなたはすでにご存じかとは思いますが、それはチノさんがココアさんのいない世界に迷いこむというものでした……。まあ、この話についてここであんまり詳しく説明するのも野暮かなと思うので、ここでは個人的な感情の話を。

 単行本第4巻最終話、並びにTVアニメ第2期最終羽、チノさんがココアさんに対して「わたしは……ココアさんがこの街に来てよかったって思ってますが!!」といってぬいぐるみを投げつけるシーンがあります。私はこのシーンが当時から本当に大好きで涙が出そうになるほどです。いや、泣きます、本当に。チノさんのココアさんへの想い、そしてチノさんが感情をここまで発露できるようになっていることが、ズバッと私に突き刺さってじんわり効いてくる感じです。それから1年以上(私たちの時間で9年以上)が経過して今回の話にぶちあたりました。その間にも2人の関係はますます強くなり、どこか変化し、到底解体できないような結合強度と密度に成長しています。もちろん2人だけの話ではありません。ごちうさは、その世界すべてがそのような分かち難さを徐々に徐々に形成していくのが美しいものです。今回は、チノさんが中学1年生までを過ごしていた世界と、ココアさんが襲来してからの世界を比較させられ、重みを遥かに増した「ココアさんがこの街に来てよかった」をぶつけられ、私はぶっ飛ばされました。

 原作、アニメ、音楽と歴史も積み重なってきたごちうさ、見返し聞き返すと改めてその積み重ねに気が遠くなるような思いになります。「…思い出の場所が多すぎる こんなにあったんだ」

2023年6月12日の日記

 私は大学で機械工学系の学部に入りましたが、入ってすぐの基礎的な講義でかなり苦戦しました。そんなことをふと思い出したので、今後、学部2年になりたての頃の私自身を相手にするという想定で、力学の入門の内容を解説する記事をいくつか書いていく……かもしれません。めんどくさくなったら自然に更新されなくなると思います。過去の私自身がわかればいいという気持ちで文章を書くので、他人から見ると笑っちゃうくらいわかりづらいかもしれません。ちなみに数式をLaTeX表記にするのが面倒なので、見づらいとは思いますがとりあえず通常文面(?)で数式も書いてしまいます。行列とか出てくることになったらLaTeXにせざるを得なくなると思うので、いずれは記事公開後の加筆修正によってLaTeX表記に修正します。

 そして、この記事は私が個人的に書いているものであって、内容が全然間違ってる可能性があることに気を付けてください

点の位置の表現

 まず、点の位置の表現についての話をしましょう。点の位置を表現するのには、以下の2つの方法がよく使われます。1つ目は、座標系、すなわち3つの実数の組を入れると点の位置を返すような写像(あまりにも歪な写像は工学では考えませんので、却下です。欲しくなる程度の滑らかさは前提と思ってください。)を作っておき、3つの実数の組(座標という)で点の位置を表現する方法です。2つ目は、原点と呼ばれる1点O(のみ)を決めておいて、Oから注目する点へのベクトル(位置ベクトルという)として点の位置を表現する方法です。位置ベクトルを用いて点の位置を表現する際、例えば→OP(「OP」の上に矢印を書きたい)と書けばPの位置ベクトルということにはなりますが、これだけでは具体的な位置がわからず、工学的に困ることがあります。そのときは、数学のベクトル空間についての講義で習ったように一次独立な3つのベクトルをあらかじめ用意しておき、(3次元ベクトル空間の元であって一次独立な3つのベクトルは基底ベクトルとなることに留意して)それらを基底ベクトルとしてそれらの線形結合で→OPを表せば、工学的にも具体的な位置がわかり、問題が解決します。ちょっとわかりづらかったかもしれませんが、要するに→OP=xe_x+ye_y+ze_zみたいに書くということです。

 教科書や講義はあまり重視してくれないがちなことですが、ここまでで述べた、座標による表現と位置ベクトルによる表現という2つの異なる方法があるということを認識することが重要です。直線座標系の場合は話が単純で、それゆえ2つの方法の違いを意識することは少ないです。直線座標系をとっていると、基底ベクトルを極めて自然にとることができます。すなわち、x方向に大きさ1のベクトルe_x、y方向とz方向についても同様にしたベクトルe_y、e_zの3つです。位置ベクトルの原点も自然のなりゆきにまかせて座標系の原点と同じにとれば、座標による表現が(x, y, z)の点Pについて、その位置ベクトルは普通に→OP=xe_x+ye_y+ze_zとなります。ところが直線座標系でない座標系をとるとこうはいきません。まず基底ベクトルをどうとるかというのがあまり明らかではありませんが、注目する点Pの位置によって基底ベクトルを変えていいという視点を持てば、点Pの位置において「座標の第1成分のみが増える向き」(例えば球座標系でいえば半径方向、詳しくはまたいずれ解説します)に大きさ1のベクトルe_1、第2成分と第3成分についても同様にしたベクトルe_2、e_3をとるのがまあまあ自然だと思います。ところがそのように基底ベクトルをとったとしても、直線座標系のときのように位置ベクトルがわかりやすい形で与えられるとは限りません。例えば球座標系を用いたとき、座標による表現が(r, θ, φ)の点Pに対し、上記のように基底ベクトルe_r、e_θ、e_φをとったとしても、θ=φ=0でない限り→OP≠re_r+θe_θ+φe_φです。ちなみに、r、θ、φによらず→OP=re_rとなります。直線座標系のときとは違っていてすこし奇妙ですね。

 どうでしょう。ここまでで、君(学部2年初めの私)が大いに疑問を持っていることのひとつがよく解決されたと思います。ここまで話したことは、私は結構大事なことだと思うんですけど、誰も教えてくれなかったでしょう。ところで君(学部2年初めの私)はここまでの話に対し、(「座標の第1成分のみが増える向き」以外)あまり「何故?」と問うことはなく自然に受け入れてくれると思いますが、ニヤニヤしながら「ベクトルってなんですか?」と聞いてくるかもしれません。そう、ベクトル、というかベクトル空間には代数的で抽象的な定義が存在し、君はそれにいたく感動したのでした。注目する集合に対し、ある体があって、ある「和」と「スカラー倍」の写像が定義できるとき、その集合と体と写像をセットにしてベクトル空間というのでした。工学においてベクトルといえば例の「大きさと向きを持つ量」と見るか、あるいは基底ベクトルの取り換えに対しある規則(なんでもいいので規則と呼べるものがあればいいという意味ではない)に従って変化する3つの量と見ることが多いのですが(後者になじみがないと思いますが、今後「テンソル」という概念を取り扱うときに重要になる考え方なので、詳しくはまたいずれ解説します)、数学における抽象的なベクトルの概念とそれに関する定理をかなり適用できるため、まあどっちの意識も持ちつつ先に進んでいけばいいと思います。君/私は、高校卒業の頃あたりからこういう「どっちの考えも大事」という思想を持っているでしょう/持っています。その思想は今になってもやっぱり大事だったと常々思います。

 ここまでで文章がそこそこの長さになったので今回の記事はここまでにしておきます。次があれば、座標変換の話か、速度・加速度の話になるかと思います。

2023年1月24日の日記

 いつからだったかはもう忘れてしまうくらい前から、「ゆる言語学ラジオ」というコンテンツを愛聴しています。最近これについて気になる話題があがってきたので急遽日記をしたためています。

やさしい、楽しい言論空間

 ゆる言語学ラジオへの批判を記したnote記事が投稿され、それがゆる言語学ラジオ本人にTwitterで言及されました。私も件の記事を読ませていただきました。私なんかが何だという感じですが、賛成するところもあり、そうでもないところもあるなあという何でもない感想でした。訂正動画を出してほしいというのとアクセント表記を説明して広めてほしいというのは「賛」でそれ以外は割と「否」かなという感じ。そんなことはともかく、ゆる言語学ラジオの高い民度がこの記事をよりよいコンテンツのための後押しに昇華してくれることを願います。

 さて、私は言いたいことがあります。私の前回の記事の「やさしい世界至上主義」にも通ずるところがあるものです。それは言論空間一般における「言い方」についてです。批判しあうことで議論が成長する、これは極めて健全な議論だというのはごもっともとして、それで批判される者の胃が痛くなったら健全ポイント減点ではないですか?現実空間ではこういう言い方のキツい批判をすることをよく「詰める」と言ったりしますね。あれを見る度される度、もっと物腰柔らかく言ってくれれば建設的な議論に発展するはずなのになといつも思います。

 翻って件のゆる言語学ラジオ批判記事は、インターネット空間では極めて冷静な方の文章だと思いますし、あの量の文章を書くにはそれ相応に言語学やゆる言語学ラジオについての考察が必要なはずであり、したがって尊重されるべきものです。それに対して極めて失礼な物言いですが、私的にはもうすこし上のレベルを要求したいです。機械工学のとある分野を専攻していて言語学については完全な門外漢のしがない大学院生の戯言ですが、この先仮にキツい言い方の批判が多くなると私にとってはそれは悲しいことなので、どうしても書きたくなって書かせていただきました。