私の最初の電話

音ゲ等長文語りしていこう

2023年1月24日の日記

 いつからだったかはもう忘れてしまうくらい前から、「ゆる言語学ラジオ」というコンテンツを愛聴しています。最近これについて気になる話題があがってきたので急遽日記をしたためています。

やさしい、楽しい言論空間

 ゆる言語学ラジオへの批判を記したnote記事が投稿され、それがゆる言語学ラジオ本人にTwitterで言及されました。私も件の記事を読ませていただきました。私なんかが何だという感じですが、賛成するところもあり、そうでもないところもあるなあという何でもない感想でした。訂正動画を出してほしいというのとアクセント表記を説明して広めてほしいというのは「賛」でそれ以外は割と「否」かなという感じ。そんなことはともかく、ゆる言語学ラジオの高い民度がこの記事をよりよいコンテンツのための後押しに昇華してくれることを願います。

 さて、私は言いたいことがあります。私の前回の記事の「やさしい世界至上主義」にも通ずるところがあるものです。それは言論空間一般における「言い方」についてです。批判しあうことで議論が成長する、これは極めて健全な議論だというのはごもっともとして、それで批判される者の胃が痛くなったら健全ポイント減点ではないですか?現実空間ではこういう言い方のキツい批判をすることをよく「詰める」と言ったりしますね。あれを見る度される度、もっと物腰柔らかく言ってくれれば建設的な議論に発展するはずなのになといつも思います。

 翻って件のゆる言語学ラジオ批判記事は、インターネット空間では極めて冷静な方の文章だと思いますし、あの量の文章を書くにはそれ相応に言語学やゆる言語学ラジオについての考察が必要なはずであり、したがって尊重されるべきものです。それに対して極めて失礼な物言いですが、私的にはもうすこし上のレベルを要求したいです。機械工学のとある分野を専攻していて言語学については完全な門外漢のしがない大学院生の戯言ですが、この先仮にキツい言い方の批判が多くなると私にとってはそれは悲しいことなので、どうしても書きたくなって書かせていただきました。